スイムとランの決定的な差:なぜ陸上の常識はプールで通用しないのか?【生理学で解く】

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「今日の練習、マジで死ぬほどキツかったです……!」

トレーニング現場で、選手たちからそんな声をよく耳にしますよね。
全力を出し切り、息を切らし、疲労困憊になっている選手たちの姿を見ると、指導者としても「今日も良い練習ができたな」と、つい満足感に浸ってしまいがちです。

ですが、ここで一度、立ち止まって深く考えてみたい。

陸上で走って限界まで追い込んだ「キツさ」と、プールで泳いで限界まで追い込んだ「キツさ」。
選手が感じている主観的なキツさ(RPE)が同じだとして、彼らの体内(細胞やホルモンレベル)で起きている生理学的な反応は、本当に同じなのでしょうか?

結論から言うと、別物です。

「キツい=同じ効果」という思考停止からの脱却

多くの現場では、 「強豪チームがこのサークルでやっているから」 「とにかくキツそうなメニューだから、これをやればスタミナがつくだろう」 といった、表面的な数字(距離や本数)や主観的なキツさだけでメニューを評価してしまう「思考停止」が、知らず知らずのうちに横行しているような気がします。

しかし、水泳は陸上スポーツとは決定的に異なる「水」という特殊な環境下で行われる運動様式です。

  • 重力の影響が極めて少ない(浮力環境)
  • 常に身体が横たわっている(水平姿勢)
  • 陸上のようなエキセントリック(伸張性)な筋肉の収縮が少ない

これらの環境因子が、私たちの身体のエネルギー供給システムや、疲労の残り方にドロドロとした、しかし決定的な違いを生み出しています。

競技力向上を本気で目指すなら、「ガムシャラに頑張る」だけのステージから一歩抜け出し、この運動様式の『中身(生理学的メカニズム)』を認識していく必要がきっとあります。

今記事のテーマ

今回は、科学的エビデンス(論文)をご紹介しながら、水泳と陸上スポーツの運動様式における「中身の違い」について思考を巡らせていきます。

  1. スプリント時の代謝ストレスを比較する【水泳 vs ランニング】
  2. 酸素の取り込みスピードを比較する【水中 vs 陸上】

読者の皆さんにとって、日々のメニューの秒数やレストに「本物の意図」を込めるための知的なキッカケになれたら嬉しいです。

目次

【論文紹介①】代謝ストレスと炎症反応の比較(水泳 vs ランニング)

「全力でダッシュしたときの身体へのダメージとストレスは、水泳と陸上(ランニング)でどう違うのか?」を調べた研究です。

題名:Comparison of the inflammatory and stress response between sprint interval swimming and running
著者:R A Casusoら
公開:2018年1月24日
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29281146/

論文の結論

  • 筋肉の直接的なダメージや、一部の炎症反応(TNF-α、IL-10)は、水中(スイム)でも陸上(ラン)でも大きな違いは認められなかった。
  • しかし、運動後2時間における「代謝ストレスホルモン(コルチゾール)」および「筋肉由来のサイトカイン(IL-6)」の分泌量は、水泳の方が明らかに低かった。
  • 運動直後のカリウム濃度は、水泳の方がランニングよりも有意に低下していた。

実験の概要

  • 対象者: 少なくとも2年以上の競技経験(水泳、トライアスロン、水球のいずれか)があり、普段から週2日以上の水泳とランニングを行っている選手18名。
  • 運動内容: 30秒間の全力スプリント(オールアウト)×8本。本数間の休憩は3分30秒。水泳(プール)とランニング(トラック)を、それぞれ別々の日にランダムな順序で実施。
  • 測定方法: 運動前、運動直後、そして運動後2時間の3つのタイミングで採血を行い、血液中の成分を精密に分析。

【論文紹介②】酸素の取り込みスピード(VO2 kinetics)の比較

2つ目の論文は、エネルギー供給の立ち上がり速度(酸素摂取動態)に関する研究です。同じアスリートが同じ相対的強度で運動したとき、運動様式によって酸素の取り込みスピードがどう変化するかを調べています。

題名:Oxygen Uptake Kinetics Is Slower in Swimming Than Arm Cranking and Cycling during Heavy Intensity
著者:Ana Sousaら
公開:2017年9月1日
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28919863/

論文結論

  • 水泳は自転車や腕回し(アームクランキング)に比べて、酸素の取り込み(立ち上がり)が著しく遅い。
  • 運動開始から酸素摂取が急激に立ち上がるまでの時間は、自転車が「約12秒」、アームクランキングが「約19秒」だったのに対し、水泳は「約32秒」もかかっていた。

実験の概要

  • 対象者: 競技トレーニングを積んでいる男性トライアスリート10名
  • 運動内容: 「水泳(自由形)」「アームクランキング(陸上での腕回し)」「自転車」の3つの運動様式を実施。それぞれの最大負荷試験をもとに、高強度(ヘビーインテンシティ)領域での6分間一定負荷テストをランダムな日に実施 。運動強度は各自の能力に合わせ、すべての運動様式で統一。
  • 測定方法: 運動中のガス交換(酸素摂取量など)を呼吸毎に測定し、数理モデルを用いて立ち上がり速度を算出。

私見まとめ:水泳の「特異性」と「限界」を考慮したメニュー設計

ご紹介した2つの学術的なデータは、私たちが現場で水泳の練習メニューを組み立てる際に、非常に強力な指針を与えてくれます。

本質的なトレーニング設計を進めるために、これらの知見をさらに批判的な視点(メリットとデメリットの両面)から検証し、より良いアプローチを目指してブラッシュアップしていきましょう。

全身疲労の低さと「局所疲労」の罠

30秒の全力運動を繰り返した場合、水泳はランニングに比べて運動後2時間時点でのストレスホルモン(コルチゾール)やサイトカイン(IL-6)の分泌量が有意に低いという結果は、確かに水泳の「回復の早さ」というメリットを示唆しています。

❌ 陥りがちな思考停止:

「内分泌的なストレス(全身疲労)が低いなら、スプリントのセット数や頻度を陸上よりガンガン増やしても大丈夫だよね」

これは、指導者としての浅はかな勘違いに繋がりかねません。

全身のホルモンバランス的なストレスが低くても、水中では水泳特有の「局所的な機械的(メカニカル)ストレス」や「神経系の疲労」が厳然として存在します。

クロール泳であれば、片方の肩を1回の練習で何百回転もさせる過酷なオーバーユース環境に変わりはありません。また、制御できない力発揮をただ繰り返せば、技術(ソフトウェア)の崩壊を招きがち。

さらに、運動直後に水泳でカリウム濃度が有意に低下するというデータも重要でしょう。カリウムの低下は細胞膜の興奮性、つまり筋肉の「バネ(キレ)」を鈍らせる要因になり得ます。「陸上よりダメージが残りにくいから」と盲目的に本数を増やすのではなく、肩関節のアライメントを整える陸上補強(ウォールスライド等)をルーティン化し、栄養面での電解質ケアを配慮した上で、初めて「高強度・低ストレス」という水中特異的なメリットを享受できるのかもですね。

酸素摂取の「遅さ」をハックする累積効果の視点

水泳は陸上運動と比較して、高強度の運動を開始してから酸素摂取が急激に立ち上がるまでの時間が遅いです。これは、陸上での腕回し(アームクランキング)と比べても明らかに遅い、水中かつ水平姿勢特有のハンディキャップでしょう。

❌ 陥りがちな思考停止:

「酸素の立ち上がりに32秒かかるなら、15秒や20秒といったショートスプリントの練習では、有酸素系(ミトコンドリア系)への刺激には一生届かないよね」

これは、時間のマジックを見落とした極端な判断かもしれませんね。確かに、1本きりの運動(単発の15秒スプリント)であれば、ミトコンドリア系のエンジンがフル稼働する前に運動が終わってしまいます。

しかし、これを「短いレスト(不完全回復)」で繰り返した場合は、話は変わります。

1本目で立ち上がりかけた酸素摂取量は、短い休憩(例えば10秒くらいのレスト)の間には安静時まで落ちきりません。その結果、2本目、3本目、4本目と進むにつれて、体内の酸素摂取量は階段を上がるように累積していき、最終的には高いレベルを維持し続けることができるでしょう。これが「HIIT:高強度インターバルトレーニング」のメカニズムです。

メニューをデザインする際は、このような時間の特性を味方につけていく必要があります。

  • 有酸素性システムを刺激したいなら: あえて15秒〜30秒の短い運動時間を選択し、レストを極端に短く詰めて本数を重ねる(累積効果で有酸素エンジンを回す)
  • 純粋なスプリント(無酸素パワー)を高めたいなら: 酸素エンジンが立ち上がってアシストしてくるのを防ぐため、また燃料(クレアチンリン酸)を完全回復させるために、運動時間の5〜10倍以上の「長い完全ベースでの休息(パッシブレスト)」を意図的に配置する(SITの徹底)

メニューの「秒数」と「レスト」のバランスによって、狙うターゲット(代謝システム)を白黒はっきり分けるコントロールが、指導者の腕の見せ所ですね。

科学的知見を現場に「翻訳」するリテラシー

最後に、私たちが最も気をつけなければいけないのは、論文の「被験者の属性」でしょう。

今回紹介した研究の被験者は、日常的にランもスイムも高いレベルでこなしているマルチアスリート(トライアスリート等)です。これをそのまま、プールの中だけで生きている「純粋な競泳選手」や、まだ身体が未発達な「ジュニア選手」にそのまま当てはめて語ることはできませんね。

水泳に特化した競泳選手が陸上でランニングのスプリントを行った場合、慣れないエキセントリック収縮によって、論文データ以上のエグい筋肉痛や代謝ストレスを引き起こし、翌日以降の水中練習の質(フォーム)を著しく低下させるリスクがあるでしょう。
また、ジュニア選手であれば、上半身の毛細血管密度や神経系の発達段階が異なるため、酸素摂取動態にはさらに大きな個体差が出るかもしれません。

実験が提示してくれるデータは、どこまでも「ある特定の条件下において導き出された一つの確率」に過ぎないと捉えていきましょう。

大切なのは、これらのデータを鵜呑みにしてそのまま直輸入することではなく、「目の前にいる自分の選手の競技歴、専門種目、現在のレベル」という文脈に、指導者が責任を持って翻訳(カスタマイズ)することですね。

・陸上で最大筋力(ハードウェア)を高める時期
・水中で固有感覚(センサー)を研ぎ澄ます時期
・高強度インターバルで細胞(ミトコンドリア)を刺激する時期。

確信はなくても、これら生理学的・運動学的な背景から導き出した「よりベターだと思われる仮説」を立て、目の前の選手のために大胆にメニューをデザインし、検証していく。

こういったサイクルこそが、私たちの「知的な挑戦」であり、最高の結果を引き出す近道なのだと考えています。

みんなで、おもしろがって強くなっていこー!

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この記事を書いた人

山﨑 裕太のアバター 山﨑 裕太 コーチ

アスリートのコーチングが仕事
オリンピック選手指導
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