才能を「消費」する構造から「開花」させる文化へ|スイミングをみんなで良くしていこ

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日本の競泳界は、ジュニア選手が世界トップレベルのタイムを叩き出す「ジュニア大国」です。

多くのジュニアトップ選手は大学進学後も競技を続けますが、20代半ばで真のピークを迎えられる選手は、きっと一握りです。全国各地のスイミングスクールでがむしゃらに泳ぎ、小学生の中で驚異的なタイムを叩き出す。その輝かしい結果の裏側で、私たちは知らず知らずのうちに、子どもたちの将来の伸び代を「前借り」しすぎているのかもしれません。

本記事では、日本のスイミングスクールが「持続可能な強さ」を手に入れるために必要そうなことをふわっと考えて、本気で実行していきたいと思います。


目次

第1部:ハードウェアの構築「身体」という基盤を鍛える

アスリートの育成とは、「身体(筋肉・筋力)」というハードウェア(本体)をアップグレードし、そこに「技術(動き・スキル)」というソフトウェア(アプリ・OS)をインストールしていくプロセスであると私は考えています。

1. 筋力トレーニングは「フィジカル」への投資である

日本には「子供が筋トレをすると背が伸びなくなる」という根拠のない迷信がいまだに根強く残っています。

しかし、専門家の指導下で行うレジスタンストレーニングが骨端線を損傷させることはなく、むしろ骨密度を向上させ、将来の怪我を劇的に減少させると考えられています。

水泳は浮力によって重力負荷が少ないスポーツですが、それゆえに陸上での荷重トレーニングこそが、強いハードウェア(骨格・筋肉)を作るための手段となります。

2. 神経系の「初期化」とパワーの出力

幼少期から思春期にかけてのレジスタンストレーニングは、筋肉を大きくすることよりも、「自分の体を思い通りに操る力」を最適化するために大切であると考えています。

水中で、当てた水を効率よく後方へ流すパワーの源泉は、陸上で培われた神経系の土台にあります。

ハード(肉体)が旧型のままでは、どれほど高度な技術(ソフト)をインストールしようとしても、その性能をフルに発揮することはできません。

3. 怪我の予防は指導者の「最大の愛」である

「痛みに耐えてこそ強くなる」という考えは、美学ではなく指導者の無知ゆえかもしれません。

スイマーズショルダーに代表される肩の障害は、周囲の筋肉の疲労による関節安定性の低下や、前鋸筋の活性不足が主な要因であると考えられます。

陸上での適切な補強(例えば前鋸筋を活性化させるウォールスライドなど)は、ハードウェアを「壊れない仕様」にメンテナンスするための必須作業。


第2部:ソフトウェアの洗練「脳と感覚」の対話をデザインする

どれほど高性能なハードウェアが完成しても、それを動かすソフトウェア(技術)が洗練されていなければ、タイムは出ません。そして、そのソフトウェアの質を決めるのは、コーチの「教え」ではなく、選手の「感覚」です。

1. 「形」の意識が感覚を鈍らせる罠

コーチが「肘を高く」「背中を真っ直ぐ」と外側から「形(フォーム)」ばかりを押し付けると、選手の脳は内なる身体感覚(固有受容感覚)をノイズとして処理し、感覚が鈍ってしまう可能性があります。

例えば、目を閉じて「背骨が一つずつ動くイメージ」をリアルに描くほうが、正しい形やフォームを意識して練習するよりも、腰部の位置感覚が向上したことが示されています。

指導の本質は、視覚情報に頼らず「内側の声」を聞かせる環境を作ることにあるのかもしれません。

2. 「教えない」コーチングと自己制御(Self-Regulation)

一方的に答えを与えるティーチングは、選手から「試行錯誤する機会」を奪っているのかもしれません。

コーチの役割は、ひたすらに答えを教える人ではなく、「気づきが生まれる環境をデザインする建築家」としての面も求められます。

例えば、動作を細かく修正するのではなく、「今のターンの感触は何点だった?」と問いかけ、選手自身の感覚を言語化させる。あるいは「1ストローク減らして泳いでみて」といった「課題(制約)」を与えることで、選手自らが最適な泳ぎを発見する「制約主導型アプローチ(CLA)」も取り入れていくべきでしょう。

3. 外的意識(External Focus)が引き出す最大効率

パフォーマンスを最大化する際、「肘の角度」といった自分の体内に意識を向ける(Internal Focus)と、動きがぎこちなくなります。

反対に、「水を後ろに押し出す」「遠くの目標に向かって跳ぶ」といった体外の目標に意識を向ける(External Focus)ことで、脳は筋肉を最適に制御し、筋電図(EMG)の活動を低下させつつ、より高いパフォーマンスを発揮できるようになります。


第3部:細胞の進化「ミトコンドリア」を飽きさせない刺激

トレーニングの成果が頭打ちになる最大の原因は、身体の「慣れ」です。アスリートの限界を超えるカギは、細胞レベルでの進化、すなわち「ミトコンドリア」への刺激にあります。

1. ミトコンドリアというエネルギー工場の司令塔

ミトコンドリアは単なるエネルギー生産拠点ではなく、脂肪と糖のどちらを燃やすかをコントロールし、活性酸素を除去して細胞を守る「司令塔」です。

ミトコンドリアの質と量が向上すれば、持久力だけでなく回復力も高まっていくでしょう。

2. 慣れを打ち破る「刺激の多様性」

「去年と同じメニューを同じようにこなす」ことは、ミトコンドリアを怠けさせているのかもしれません。

身体は与えられた刺激に適応した瞬間、それ以上の進化を止めます。高強度インターバル(HIIT)やスプリントトレーニング(SIT)が効果的なのは、それが細胞にとって「強烈な新しい刺激」となるからです。

ただし、強度の高い練習ばかりではリスクもあります。低・中強度での「技術浸透」と、高強度での「細胞の覚醒」をバランスよく配置する戦略的プランが必要です。

3. 乳酸は「廃棄物」ではなく「資源」である

いまだに「乳酸=疲労物質」と考えるのは20世紀の知識です。

乳酸は、ミトコンドリアでエネルギーとして再利用(リサイクル)される貴重な資源であり、毛細血管の新生を促すシグナル伝達物質でもあります。

私はこのプロセスを「乳酸リサイクル」と呼び、高強度練習後にアクティブレストを加えることで、この能力を意図的に高めるメニューを組んでいたりします。


第4部:ジュニア水泳選手の育成「早期参入」と「早期特化」の区別

「早くやれば伸びる」「毎日泳げば強くなる」本当にそうでしょうか。
選手の成長を止めてしまう“見えない落とし穴”が、育成現場には潜んでいます。長く伸び続けるために、本当に必要な考え方を整理します。

1. 早期参入と早期特化

幼少期に水の感覚を養う「早期参入(Early Engagement)」は重要ですが、12歳以下で一つの種目に絞り、週16時間を超えるような過酷な練習を強いる「早期専門化(Early Specialization)」は、バーンアウトと怪我の温床です。

エリートレベルに達した選手の88%は、12歳まで複数のスポーツに参加していました。専門化を焦らず、多様な運動スキルを身につけることこそが、シニアでの成功への最短ルートなのかもしれません。

2. 「単調さ」というサイレントキラー

毎日同じプールで、同じようなインターバルを繰り返すスタイルは、精神的な「飽和」を招き、細胞レベルでの進化を止めてしまいがち。

練習メニューにバリエーションを持たせ、あえて「水から離れる時期」を作ることが、長期的なモチベーションと身体の反応を維持するために不可欠です。


第5部:水泳指導の現場をアップデートしていきたい

選手の成長には大きな個体差があります。年齢や記録だけで判断する育成では、将来伸びる才能を見逃しかねません。成熟度・環境・回復まで含めて考える視点を持ち、持続的な成長につなげていきましょう。

「個体差」を受け入れよう

暦上の年齢(4月生まれか3月生まれか)ではなく、二次性徴や身長の伸びをある程度は把握し、個々の成熟度に合わせた強度設定や声かけすることを標準化します。早熟な選手を使い捨てず、晩成型の才能を拾い上げる仕組みが必要でしょう。

「多趣味なアスリート」を許容し、応援する文化を作ろう

一意専心は美徳ですが、心理的な逃げ場のない環境はバーンアウトを招きます。多趣味で、仲間との「感謝の気持ち」を共有できる選手ほど、長く第一線で活躍し続けます。個人競技だからこそ、仲間と励まし合える環境を意図的にデザインすべき。

「身体リテラシー」の評価をジュニア育成現場に導入

タイムや順位だけでなく、陸上での運動能力などをスコア化し、表彰する仕組みを作ったりすることも良いでしょう。これにより、コーチや保護者の視線を「目先のコンマ数秒」から「将来の伸び代」へと強制的にシフトさせていけると良いですね。

とりあえず「100m×20本」という思考停止からの脱却

合宿になると定番メニュー化しているようですが、これが何を見ているのか明確に答えられる指導者は稀なように感じます。単なる「根性試し」ではなく、エネルギー系や技術(SL/SF)を精密に評価するための「意図を持った練習設計」を求めていきましょう。

睡眠と栄養を「トレーニングの必須項目」に

オーバートレーニング症候群の主因は練習過多ではなく「エネルギー不足」と「睡眠不足」です。回復が追いついていない状態での練習は「疲労の上書き」に過ぎません。指導者は練習メニューだけでなく、選手の「休養の質」にも注目していきましょう。


結びに

アスリートの育成は、単なるタイムの追求ではありません。それは、スポーツという手段を通じて、一人の人間が自分の可能性を信じ、自律的に人生を切り拓く力を育むプロセスです

本記事でお伝えしてきたことは、決して特別な理論や最新トレンドを追いかける話ではありません。むしろ、「選手の成長を長い時間軸で捉え直す」という、極めて当たり前でありながら、忙しい現場では見失われがちな視点です。

タイム、練習量、根性論。これらは分かりやすく、成果も測りやすい指標ですよね。しかし、それだけを拠り所にすると、身体・感覚・細胞・心といった見えにくい資産を静かに削ってしまいがちです。

今日からできることは、小さくて構いません。練習の意図を一度言語化してみる。選手に答えを教える前に問いを投げてみる。疲労や睡眠に目を向けてみる。多様な刺激や余白を、意図的に残してみる。

そうした一つひとつの積み重ねが、選手の未来を前借りする育成から、きっと未来を育てる指導へと変えていきます。
持続可能な強さとは、特別な才能ではなく、環境と関わり方の総和です。

スイミングの現場から、我々で大きなうねりを作っていきましょう。

参考文献

  • Developmental Training Model for the Sport Specialized Youth Athlete: A Dynamic Strategy for Individualizing Load-Response During Maturation(2021:Neeru Jayanthiら

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この記事を書いた人

山﨑 裕太のアバター 山﨑 裕太 コーチ

アスリートのコーチングが仕事
オリンピック選手指導
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