「このトレーニングって、どう思いますか?」
わりと頻繁にいただく質問です。
【技術の習得】を目的とした場合、どういったトレーニングを、どういった順序で取り組んでいけば良いのか?
そういった現場でいつも向き合っている悩みに対して、学術的に言われていることを書き出した記事となります。
いつもの記事のように、「これさえやっておけば、すべて上手くいくぜ」みたいな低次元な内容ではありません。
網羅的に学びたい人向けに、きっかけとなるような記事のつもりです。
めんどくさがりのアナタ、いつものように【私見まとめ】だけ読むのもアリだよ。
運動スキルの習得段階モデル
運動技能の習得を説明する「3段階学習モデル」というものがあります。
Fitts and Posner(1967)が提唱したとされています。そちらをご紹介したいと思います。
段階①:Cognitive(認知的)
スキルを習得するために、やるべきことを意識して実行していく段階。
エラー(失敗)動作も多い。
段階②:Associative(結合的)
狙いとするスキルの大まかな動作が実行できるようになり、細部を意識的に改良していく段階。
部分的に自動化(成功)動作がみられるが、部分的にエラー(失敗)動作もある。
段階③:Autonomous(自動的)
意識的な動作にあまり頼ることなく、スキルを習得したと言える段階。
狙いとする動作が無意識部分も多くなり自動化して発動する。
その他)運動学習についての習得プロセスに関する方法論
上記で紹介した「運動学習の3段階モデル」は、動作を習得(自動化)していく中での変遷を説明した説となります。
一方で、「どういった方法(プロセス)で動作を習得していくか」という過程における方法論は数多くの説が提示されています。
「repetitive practice (REP)」「variable practice (VP)」「contextual interference (CtIt)」「Differential learning (DL)」「structural learning (SL)」「constraint-led approach (CLA)」
現時点では、どの方法論が優れているのか?という分析はされているのですが、まだまだ研究数の不足により明確にされていません。
運動学習を促進する要因を調査した論文紹介
題名:Motor skill learning and performance: a review of influential factors
著者:Gabriele Wulfら
公開日:2009年12月16日
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1365-2923.2009.03421.x
論文内容:心理学や運動科学の文献から、運動技能の学習を促進することが示されている「4つの要因」をレビュー
Observational Practice(観察的な練習)
他者の運動を観察することによって、動作習得に共通した神経系が活性化されることが報告されています。実際に体を動かす技術習得練習と組み合わせて取り組みことが効果的であることが示されています。
Focus of Attention(意識の焦点)
動作を制御したり自動化する効率を高めるには、エクスターナルフォーカス(外的な意識)が効果的であることが示されています。
※参考記事(No.87 【運動イメージが与える影響】エクスターナルフォーカス/インターナルフォーカス)
Feedback(フィードバック)
練習に取り組んだ後の振り返り(情報提供)は、学習に有益な効果が示されています。
※関連記事(No.151 ティーチングとフィードバックを区別して考える)
Self-Controlled Practice(自主的な練習)
練習に取り組む人自身が、誰かや何かに指示されたりしてコントロールされる練習よりも、自主的に取り組む練習のほうが効果的であると示されています。
私見まとめ
✅競技スポーツにおいて「技術を習得する」という過程は、「たくさん練習すれば良い」などといった単純なものではない。
✅技術を習得したと言えるまでの「運動学習の3段階モデル(Fitts and Posner:1967)」
✅「技術の習得」を促進させるために効果的だとされる4つの要因が示されている
このようなことが理解できました。
ご自身が「獲得したい技術」を思い浮かべながら、上記を意識的に取り入れていただければと思います。
「技術を習得する」ための過程は、試合やレースへ向けてピークを作るためのトレーニング計画作成に似ていると感じています。
技術を習得した後に起こりうる「運動能力の喪失(イップス)」問題
イップスという言葉をご存じでしょうか?
「yips:イップス」は、ゴルファーが陥る不随意の運動障害である。
(K D McDanielら:1989)
このようにイップスは発表されました。
その後、他の研究論文ではイップスという症状は以下のように言われています。
イップスは、精神-神経筋による運動障害であり、精緻な動作が要求されるスポーツなどに影響を与える。
(Philip Clarkeら:2015)
イップスについて考えられている病因などについては、また別の機会にご紹介したいと思っております。
例)懸垂トレーニングで考察してみる
言いたいこと
競技力向上のために実施するトレーニングは、目的や得たい効果を明らかにする。
という考えを一度、設定してみましょう。ざっくりした感じでもよいので。
そしたら、のちに反省や修正も行いやすくなると思います。
例に挙げた、懸垂(プルアップ)トレーニングでは
「回数をこなす」ためのフォームと、
「広背筋の収縮負荷を高める」ためのフォームとでは、異なるフォームになるでしょう。
「回数をこなす」ことを目的としたフォームという視点
極論ですが、その時点で個人にとっての「オリジナルなやり方」が正解。というように考えられます。あくまで短期的な視点で考えたら…ですが。
フォームを気にせず「回数をこなす」デメリット
多くの場合、ただ回数をこなすだけのフォームというのは「ケガに繋がりやすい」と考えられます。
上記動画のような懸垂フォームの場合、体を持ち上げたポジションで「肩がすくむ&背中が丸まる」という動作が見られます。こういった動作によって、肩峰下インピンジメントが過度に発生したり、肩関節の関連する筋肉に無理な負担がかかったりすることが考えられます。
水泳選手が実施する「陸上トレーニング」で特に見られる懸垂のやり方です。背筋群の筋力が不足している人や、うまく広背筋の収縮ポジションへ姿勢を作れない人に多い。
競技動作のスキルトレーニングとして、あえてこういったフォームを選択している場合もあるかもしれません。
「広背筋の収縮負荷を高める」ことを目的としたフォームという視点
この動画のような「体を持ち上げた時の姿勢」で背中が丸くなる&肩がすくむのはNGである。と考えることができます。解剖学的に、広背筋の収縮を高めにくいだろうということが明確だからです。
で、「フォーム」についての個人的な意見としては
背中丸めるフォームも背中反らすフォームも「どっちも出来る」ということが、スポーツの競技力向上において結びつきやすいと感じています。
なぜ、色んなフォームの運動ができることが競技力向上に結びつきやすいと考えているのか?
<理由①>
様々な動作や運動体験が、狙いとする競技動作に良い影響を与える可能性
(Rachael D Seidler:2004)Multiple motor learning experiences enhance motor adaptability
<理由②>
動作の再現性(関節の位置覚)向上が、狙いとする競技動作に良い影響を与える可能性
(David J. Ostryら:2010)Somatosensory Plasticity and Motor Learning
一度、立ち止まって考えてほしいこと
例えば、成年に達した水泳選手が「様々な運動経験をしたほうが良い」と聞いたからと言って、慣れない球技スポーツなどに取り組むことは果たして良いことなのでしょうか?
得られるであろう【効果】と、考えられる【リスク】を出来ることなら認識して「何に取り組んでいくか」を選択していきたいものです。
【時間も体力も】限りがあります
様々なトレーニング方法に取り組む場合、「時間も体力も限りがある」という視点を忘れることがないように。
優先すべきトレーニングに励んでほしいと思います。
めっちゃ余談
相手が実際に取り組んでいるトレーニングの一部だけを切り取って、その目的を明らかにすることもなく批判するのは愚の骨頂だなと感じてしまうことがあります。
もしも、より良い方法のために議論や思考をするならば、まず「目的は何か?」を明確にした上で進めたほうが良いかと思います。